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「ん、大丈夫そう。ほら」
言いながら、九鬼が百瀬に皿を差し出す。
「あっ、つ」
考え事をしながら受け取ろうとした百瀬は、うっかり皿の中央真下に触れてしまった。
「ちょっと、なんで端っこ持たないの。熱いに決まってるでしょ、そんなとこ」
九鬼は怒ったように言って皿をレンジの上に載せると、百瀬の手首を掴んでシンクに向かった。
「寝惚けてるの? っていうかほんと、見掛けに似合わずドジっ子だよねぇ」
呆れたような九鬼に、百瀬はしゅんとなった。
「ほら、ちゃんと冷やす」
九鬼はシンクの水を流し、そこへ百瀬の指先を当てがった。
「ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないけど」
「ご飯も、上手く作れなくて……」
佐木さんみたいに。付け足しそうになった言葉を慌てて噤んだ。無意識に当て擦るようなことを言い掛けた自分を百瀬は嫌悪した。料理も満足に作れない。それどころか怪我をして迷惑を掛ける。挙句卑屈な言葉を吐きそうになる。どこまでも情けない自分に落ち込みそうになった瞬間、九鬼がそれを咎めるように、百瀬の額を軽くノックした。
「別にへこむことじゃないでしょうが。君が色々頑張ろうとしてるのは見ててわかるから」
はっとしたような表情を浮かべる百瀬に、九鬼は仕方がないなぁというみたいに笑う。それだけで陰り掛けていた百瀬の胸が一気に晴れる。
九鬼の優しさが、嬉しくて苦しかった。いつかこの頼りない関係に終わりがきたら、この朝のことを思い出して切なくなるのだろうか。
(終わらなければいいのに。この時間が、この関係が……)
蛇口から流れ続ける水を見つめながら、百瀬はそれを痛い程に願っていた。
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