第4章

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 今の九鬼は意地悪なところもあるが、百瀬にとても優しい。図々しく押し掛ける百瀬を疎ましく思っている様子もない。……少なくとも百瀬にはそう見える。でも、それだけだ。まだ確かなものは何一つない。体の関係はあっても、好きだと言われた訳ではない。どう思っているのだと問い質す覚悟もないし、そもそもそんな権利も持っていない気がした。  この細く頼りない繋がりが切れてしまうことが不安でしょうがない。だけど、焦って詰め寄り、今あるそれすら壊してしまう可能性が怖くて仕方ない。  九鬼と貴島の対談はホテルのロイヤルスイートで行われる。貴島達と部屋に到着すると九鬼はすでに部屋にいて、雑誌の編集者と雑談していた。写真の撮影もある為か、珍しくジャケットを着ている。肘の辺りまで折り曲げたネイビーのサマージャケット。髪は相変わらずの無造作ヘアだったが、こういうかっちりした格好をすると九鬼が長身で格好いいことに気付かされる。思わず見とれていると、不意に九鬼が百瀬に気付いて目が合う。 (……あ)  しかし九鬼は、すぐに逃れるように視線を逸らした。 (え?)  九鬼の反応に、百瀬は一瞬頭が真っ白になった。 「入りがぎりぎりになってしまい、申し訳ありません」  九鬼や他のスタッフに頭を下げる佐木の声が聞こえて、百瀬は我に返った。慌てて一緒になって頭を下げる。それでも直前の九鬼の態度が気になって仕方なかった。 (こんなことくらいでショックなんか受けるな。今は仕事中だろ)  百瀬は心のうちで自分に呟く。同時に浮かれていた己を恥じた。この場へは仕事で来ているのに、私的な感情を優先してしまう自分ではいけない。プロフェッショナルな九鬼に呆れられてしまう。百瀬は顔を引き締めて姿勢を正した。
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