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その扉が開く瞬間、百瀬はいつもより緊張していた。
もしかしたら自分を見た途端、部屋の住人が落胆の表情を浮かべるかもしれない。ここへ向かう間、ずっとそんな想像が付き纏っていた。ちゃんと本人と約束を交わしているのだからそんなことがあるはずない。そう言い聞かせてみても、それから十秒も経たないうちに不安がぶり返す。数時間前、ホテルの一室で九鬼に目を逸らされた事実が思った以上に堪えていた。
「おつかれさん」
扉の向こうから現れた顔が笑みを浮かべ、労りの言葉をかけてくれる。すると肩の力が抜けて、詰めていた息を解放した。
(よかった。避けられたのは、やっぱり仕事の場だったからだよな)
自分に対して何かを思った訳ではなかった。その事実に安堵したものの、胸の中のささくれ立ったような気分がまだ消えないことに戸惑う。いつも通りの九鬼を見れば、不安はすべて解消されると思ったのに。
「あのあとまだ収録あったんでしょ?」
九鬼はホテルで会った時のジャケット姿ではなく、白いTシャツにグレイのスウェットというラフな格好をしていた。
「うん」
「メシは? 今日事務所に届いてた御中元持って帰ってきてさぁ。缶詰めとかローストビーフとかあるよ」
「ありがとう。でも大丈夫」
百瀬の返答に、廊下の先を歩いていた九鬼が立ち止まって振り返る。
「大丈夫って、食べてきたの?」
百瀬は首を左右に振った。
「あんまりお腹空いてなくて」
答えると、九鬼は険しい顔をした。
「そんなんで大丈夫なの? 倒れちゃうよ」
心配そうな九鬼の表情に、百瀬の胸が絞られる。
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