積乱雲の向こう

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けただましい蝉の鳴き声で目を覚ますと、もう登りきった陽から真っ白な光が居間に差し込んでいた。手付かずの宿題の横で、冷えた麦茶の中の氷が、からんと音を立てた。 もう何年前だろう。遡るには、スーツを脱いで、詰襟の学生服を脱いで、小学生時代まで戻らないといけない。 まだ実家の田舎に住んでいた、夏休みの真っ只中。当時の地元は茹だるような暑さで、蝉や甲虫を採ろうとする子供もいなかった。ただ蝉の鳴き声が聞こえていた。時折どこかで、畑仕事をするトラクターの音か、あるいは芝刈り機の音も聞こえた。 夏になると僕は、外へも行かずにずっと家の中で過ごしていた。もともと虫取りや祭りなど好きではなかったので、どこかで花火が打ち上がっても、扇風機の風をうけてテレビを見ていた。 その日も、昼過ぎくらいに親に起こされ、宿題をしようとテーブルの上に広げたものの、いつの間にかうたた寝していた。汗だくのシャツの気持ち悪さと、ひどい喉の渇きでうめき声をあげた。両親はというと、買い物に出かけたままだった。 時計を見ると、午後の二時だった。角度を付けた直射日光が窓から滑り込んで、僕の顔を照らした。 窓の外を見た。相変わらず、家の前の通りは人の影がない。 台所へ向かい、冷凍庫の中からアイスキャンディーを取り出した。それを持ち、僕は居間へ戻った。 また窓の外を見る。 誰かが、外を通った気がした。 ひどい暑さの中、誰かが表を歩いている。何となく気になり、窓を開け放ち通りを覗いた。確かに、少し向こうの方を女性が歩いていた。真っ白なワンピースを着て、首からは何かぶら下げている。袋も持っておらず、買い物帰りということでもなさそうだ。その女性は、道の真ん中で立ち止まると、どこか遠くの空を見ている。そして、そのまま動かなくなった。通りには他に誰もいない。 不思議そうに見ていると、女性は首からかけていたものをゆっくりと顔の前に出した。カメラのようだった。そして、どこかの写真を撮り始めた。 女性の前にあるのは、見上げれば首を痛めそうなくらいの高さの積乱雲だった。それを、何枚も何枚も撮っている。 僕は、ぽかんとした顔で女性を見つめていた。彼女は、人も誰もいないところで、雲の写真ばかり写している。
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