積乱雲の向こう

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二十枚ほど撮り終えたところで、彼女はすっとカメラを下ろした。か細い腕には似つかわしくない大きなカメラだった。その一部始終を見ていると、彼女がゆっくりと振り返り、僕を見るなり微笑んだ。 この世と思えない美しさは、僕を初めて恋に貶めるのに十分だった。 女性は、ゆっくりと僕の前まで歩いてきた。僕は美しさを感じると同時に、少し『怖い』印象も覚えた。今までこの辺りで見たことがない、田舎の古ぼけた情景に全く合わない彼女は、まるで別の世界の人間にも見えた。彼女はにこやかな表情のまま、僕の方をずっと見ながら近づき、 「はじめまして」 僕の手に、何かを置いた。 透き通った青空に漂う、積乱雲の写真だった。 彼女は、また背を向けて、ゆっくりと去っていった。僕は何も分からず、手のひらに置かれた雲の写真を見ることしかできなかった。今手のひらの中にある雲は、僕の眼前の積乱雲とは違っていた。 気づけば、女性はもう遠くを歩いていた。 その写真は、学習机の一番奥の引き出しにしまった。見られてはいけないような感じがした。 少し経つと、女性が撮っていた積乱雲が空の上まで手を伸ばし、ひどい夕立を降らせてきた。両親が濡れ鼠になりながら、買い物袋を下げて帰ってきたのを覚えている。 僕はその時に初めて、積乱雲が雷雨を呼び込む雲だということを知った。
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