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夏というものは、誰のもとにも等しくやってくる。
「こ、今年も来ちゃいました?!智史さぁん」
そう。それは雪女のもとにも等しく、だ。
後藤家に訪れたことのある人間は、この家自体が古く、チャイムが壊れているので勝手に家を開けて入ってもいいというルールを知っている。そうしてこの口ぶり、彼女がこの家に来慣れているというのがわかるものだった。
「……はい」
後藤千景はどこかうんざりした様子で、ため息混じりに玄関まで向かった。
「こんにちは!」
鴨居に佇むのは、古風なというより、死人みたいに真っ白な着物を着た黒髪ロングの女性である。顔もどこか青白く、この連日気温四十度越えを見せる日本にいるにもかかわらず、彼女の周りだけはひやりとしている。開けっ放しの冷蔵庫のそばを通るような感覚を、玄関であらわにしている。
「あれ?」
やってきた千景を見て、雪女は首を傾げる。
「どなたかしら?智史さんはお出かけ?」
「……智史、兄貴は去年結婚して家を出て行きましたよ」
「……」
「……」
「……貴方、智史さんの弟さん?」
「そうです」
千景は頷き、それからもう一度「兄貴はもう、この家にいませんよ」と繰り返した。
「……そ、そんな」
びゅうぅっと音がして、室内に冷たい風が吹き始めたので、半袖半ズボンの千景はうわっと呟いた。
雪女の「そんなことって、ありますの??!?!?」という悲しげな声とともに、室内の気温がぐんぐん下がって行く。猛暑が秋に変わり、一気に冬まで駆け抜けそうになる。千景は眉根を寄せながら「あーっ!!」とどこか苛立ったように叫び、彼女の横を駆け抜けて、古い玄関の扉をがらっと開いた。
「……あ、っつ、暑いわ!?!?」
外からなだれ込んできた湿気と熱に、雪女は驚いたように「暑い、暑すぎる」と繰り返し、その場でぴょんぴょんと跳ねた。千景はやりすぎたかなと、扉を静かに閉める。
「……えええ、どういうことなんですの?」
雪女は長く伸びた髪を振り乱し、わかんないわかんないっと繰り返した。そうして全ての答えを求めるように、千景へと視線を向ける。そこにはどこか、非難めいた色があり、千景は「はあ……」と深いため息をついた。
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