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外はもうすぐ日暮れのはずだが、まだ明るく、落ちる影ばかりが濃くなっていた、きっと気温は未だ高く、少しだけ翳った太陽のせいでアスファルトの吸い込んだ熱が気温を下げずにいるのだろう。
「……そうですね」
雪女は、黒水晶みたいな瞳を潤ませながらもにっこりと笑い「今年はもう帰ります」と言った。
千景はその潔さすらある笑みに、なんとなく胸を痛めてしまう。先程よりも不満そうな顔で「ふぅん」と頷く。
「また、智史さんのお子さんと会うこともあるでしょうし、わたくしが言うのもなんですが、後藤家はたくさんの方がいらっしゃるので、またきっと良いご縁がありますから」
「……ねばらないんだ」
千景は苛立ったような声で言ったが、彼女はまるで気にした風もなく「だって、雪女ですし」と笑う。
「雪女ってさ、もっと執念深いものじゃないの。あっさり諦めちゃって」
千景は言いながら、テーブルに頬杖をつく。
雪女は唇を緩めたままで、少し驚いたように瞬きをする。そうして、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべ、それから髪を振り乱しながら頭を振った。
「……な、なに急に!?」
不意の奇行に、千景は目を白黒させる。
「い、いえいえ、だって、雪女って重いストーカー女って思われてるんだと、思いましてぇ……」
「はあ?」
「そ、そうですよねえ。ちょっと助けてもらったぐらいで、子々孫々まで好きになるとか、お、重いですよねえ。うう、知ってました。知ってましたけど」
雪女は、よよよと泣き崩れる。
千景は困ったように頭を掻いて「いや、そんなこと……」まで言ってから、まあ重いのは確かだよなと思い直してしまった。これ以上どうにもこうにもしようがないと、再びガラスコップを手に取り、麦茶を飲む。
「……まあ、ほかにもいい人いるって」
千景は気を取り直し、適当に言った。
雪女は座布団にそうっと座り直しながら「そうですね」と、笑ってみせる。その表情には哀愁みたいなものがあり、瞳には悲しげな色が見えたが、千景はなにも言わなかった。
「……さて」
千景はゆっくりと立ち上がり、ぐうっと伸びをする。ふうと息を吐き、雪女を見下ろす。
「今日は両親も出かけてるんで、僕は夕飯買いに出かけますけど、どうします?」
「……あ、では途中までご一緒させてください。わたくし、もう帰ります」
「はい」
そうして二人は、連れ立って外に出た。
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