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千景の問いかけに、雪女は小さく、しかししっかりと頷いた。
「……八雲さんに、言われました。ずっと、変わらず好きでいてって」
雪女はアイスキャンディーを食べて、空を仰いだ。ぶらりぶらりと歩を進めて、過去を思い出す。それはあまりにも美しく、雪女の中で正しくあり続けた。
「だからずっと、後藤家の方を好きになってしまうんです。って、千景さんには迷惑な話ですよね。だけど、千景さんの子供を好きになる可能性も……って、千景さん?」
気がつけば、千景は立ち止まっていた。
雪女は、彼を振り返る。
「君は……」
「千景さん?」
「自由になっていい」
「え?」
千景は、一歩、二歩、三歩で、雪女のところまで来た。冷たい手を握り、顔を覗き込む。
「そんな言葉に、縛られないで。君は、もっと広い世界を見るべきだ」
「…………千景さん?どうしたんですか?」
千景の手は、熱かった。この夏よりもずっと、ずっと熱く、それでも雪女は振りほどいたり逃げたり出来なかった。この熱に、なぜか高揚感すら覚えてしまう。どきりとして、千景を見つめる。
夕闇が、世界をすくい上げる。その一瞬に、手が離れた。千景は照れたように笑い「なんとなく、思っただけです」と言った。
また、先ほどまでの距離に戻る。
千景は小さく息を吐き「どうやって帰るんですか?」と、手を差し出す。雪女は自然に、その手を取っていた。
「駅から……電車で」
「普通ですね!?雪女!」
「じゅ、順応したって言ってください!」
ふと夏に出会った二人は、一瞬だけのふれあいの中、おかしげに笑いながら歩いて行ったのだった。
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