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榊はしばらく無言だった。明良はその沈黙に密かに怯える。
以前、彼には自分の兄が水泳をやっていると話したことがあった気がする。鋭い榊は何かに気付いただろうか。いや、考え過ぎだろう。後ろめたい自分の心が、そんな疑心を呼ぶのだ。
「久しぶりにいいものを見させてもらったよ。君は、写真を続けた方がいいな。君自身のためにも」
「どういう、意味ですか」
「芸術家が絵を描き、音楽を作り、物語を書くのは何故だと思う」
「……」
「そうしないと心が『決壊』してしまうからさ」
榊はしばらく明良を探るように見て、それから小さく笑った。
明良はその笑みに、何故か強烈なシンパシーを覚えた。
その理由を明良はもっと後になって知ることになるのだが、この時に判ったのはただ、榊は決して自分を傷つけないだろうということだけだった。
「そうですね。……続けますよ、きっと」
明良は隠すものもなくなった心で、俯き、儚く笑った。
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