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【その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼は彼の室の中を一目見るや否や、あたかも硝子で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立ちに立ち竦みました。それが疾風のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました。】
「何、読んでんの?」
声をかけられて修一はハッと顔をあげた。声の方を見上げると、美紗緒が頭上から覗き込むようにして立っているのが見えた。
「来てたのか」
「電気くらいつけなよ」
美紗緒は薄暗くなった部屋の灯りをつけると、手に提げていた紙袋をテーブルの上に置き、いくつかのタッパーウェアを取り出した。伯母からの差し入れだろう。
そういえば昨日スイミングスクールで、美紗緒が料理を届けに来ると言っていた。
最近、修一が高円寺を訪れないことを、伯母たちは寂しがっているらしい。
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