5/18
前へ
/221ページ
次へ
* 【その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼は彼の室の中を一目(ひとめ)見るや(いな)や、あたかも硝子(がらす)で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立(ぼうだ)ちに()(すく)みました。それが疾風(しっぷう)のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策(しま)ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄(ものすご)く照らしました。】  「何、読んでんの?」  声をかけられて修一はハッと顔をあげた。声の方を見上げると、美紗緒が頭上から覗き込むようにして立っているのが見えた。 「来てたのか」 「電気くらいつけなよ」  美紗緒は薄暗くなった部屋の灯りをつけると、手に提げていた紙袋をテーブルの上に置き、いくつかのタッパーウェアを取り出した。伯母からの差し入れだろう。  そういえば昨日スイミングスクールで、美紗緒が料理を届けに来ると言っていた。  最近、修一が高円寺を訪れないことを、伯母たちは寂しがっているらしい。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

627人が本棚に入れています
本棚に追加