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「里織。おねがいがあるの。」
次の日の、朝。
さすがにずっと寝転げていてはダメだ、母に無駄な心配をかけてしまう、と義務的に判断したあたしは、母が朝ご飯を作り終わるぐらいの時間に起き上がり、朝食を共にしていた。
なぁに?と言うように見上げると、母は、少しだけ微笑みながら話し始める。
「大したことじゃないんだよ。里織の従兄弟に、公介くんっているでしょ?彼の友達が今度近所のお祭りで、屋台を出すから、手伝ってあげてほしいの。」
公介くんとは、今は大学生の従兄弟だ。気さくで話しやすい、兄としてうってつけの人物。いつもは彼が一人で屋台を出しているけど、友達って、一体どういうことだ?
「なんで、今回は公兄ちゃんじゃないの?」
「なんか、大学の研究で、手が離せないらしいんだよ。だから、友達に頼んだらしいんだけど、その友達がね...」
母が、少しだけ言いにくそうな顔をした。
「...あんまり、接客に向いているタイプじゃないのよ。だから、里織に協力してほしいって、公介くんが。」
ここで、母が少し笑顔になった。
「里織はしっかりしてるし、愛想もいいから、お願いって。」
確かに、あたしはソフトボール部の副キャプテンで、厳しいことを言わないといけないキャプテンのケアをしながら、他のメンバーのフォローをするっていうような、しっかりも愛想もいるような仕事はしている。
だけど、それは屋台に関係あるのか。
「里織、お願いしてもいいかい?」
「...うーん。」
正直、そんなにやりたくはない。地元が違うからたぶん平気だろうけど、このお祭りはそこそこ大きいから、結機が来ないとは言えない。
「...公介くんが、お礼って。」
母がそう言って、スッと目の前に封筒を出してきた。開けなさいと目で言われたからその通りにすると、中には高校生のバイト一日分の時給とは比べものにならないくらいの金額が入っていた。
「お願いできる?」
「...わかった。」
なんとなく気の進まない重い心でも、お金の誘惑には敵わない。公兄ちゃんも母も賢しいし、あたしは現金な女だな、と改めて痛感した。
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