夏祭りの夜に

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仕事自体は、特に嫌ではなかった。あたし達が行なっているヨーヨー釣りの屋台にやって来た人に道具を渡して、後は黙って見てたり、応援してあげたりするだけ。 「ありがとう、お姉さんのおうえんのおかげで、なんとか一つゲットできた!」 「いえいえー、ボウヤが頑張ったからだよ。」 黄色の水風船をもってはしゃいでいる男の子の頭を撫でる。その子の母親ともお礼を交わしてから、あたしは笑顔で手を振って別れた。 「...すごいな、守山さんは。」 あたしが定位置に戻ると、聴こえたボソッとした呟き。ざわざわした喧騒の中だけど、始めと違って隣に並んで座っているからか、上谷さんの声が、きちんと聞こえた。 「僕は、守山さんみたいに、はきはきと人と話すことができない。いつも緊張してしまうから。」 ボソボソと聞こえる、上谷さんの声。 「...そうなんですね...。だから、挨拶したときも素っ気なくて、目も合わせてくれなかったんですね。」 「感じ悪かったよね...ごめん。」 彼は伺うように慎重にあたしを見ながら、そう言ってくる。 素直に謝れる人なんだな、と思いながら正面から見ると、あからさまに端整な顔に、不覚にもドキッとしてしまった。 ...というか 「いえ、あたしの方こそ...失礼なことを。」 「気にしないで。本当のことだし。」 彼はそう言って笑ってくれた。 あぁ、本当に 「そうやって、笑っていれば、いいと思います。」 「...え?」 「喋るの苦手でも、笑っていれば、上谷さんが悪い人じゃないってわかるので。だから、笑っていればいいと思います。」 言った後で、後悔した。高校生のガキに偉そうなことを言われたって、いい気はしない。 いつもそうだ。あたしは、言いたいことをすぐに言ってしまう。だから、結機への気持ちだって、気付いたら、すぐに伝えてしまった。結機の気持ちなんて、本当は、あたしは何にも考えていないのかもしれない。 「すみません、あた...。」 「ありがとう、守山さん。」 謝ろうとしたあたしの言葉を遮り、彼は続ける。 「そんなこと、言ってもらったのは初めてだよ。僕は人と話すのが怖いから、なるべく話しかけられないようにしてたし、話しかけられてもビクッとして、いつも無駄に力が入ってた。それじゃ、相手も嫌だよね。」 上谷さんは、あたしを見て、ふっと淡く微笑んだ。
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