第一章

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付き合い始めてからはより一層彼女の温度が上がった。嫌ではなかった。でも熱はいつか冷めるものだ。会ったらすぐするハグも、並んで歩くときに絡めてくる腕も、帰り際にねだるキスも。いつかはしなくなるのかな、などと考えてしまう。 手を繋ぐときは、相手の体温と絡まる指の感触を楽しむものなのだろう。僕は手が離れるときの切なさばかりに気がいった。 いつも終わるときばかりを想った。 予想通り、僕らは順当にハグをしなくなり、手を繋がなくなり、お別れのキスをしなくなった。そうなっていくとともに、逆に僕は彼女が愛おしくなった。この先もずっと一緒にいたい。というより、ずっと一緒にいるんだろうな、という感覚を抱くようになった。 人の体温に落ち着いたのだ。熱くも冷たくもないこの温度に。それでいいと思った。むしろここから始まるのだと、やっと辿り着いたのだと。でも彼女の思いは違った。 はじめてデートで来たのと同じカフェで、僕らは別れた。別れたあとも僕の習慣は変わらないから、カフェに入ればアイスコーヒーを頼む。すべてのリズムは僕の中に組み込まれてしまっていて、もちろん彼女もその一部になっていた。 あれから幾夏か過ぎた。 外に出ると全身にまとわりつくような熱気が襲ってきて、すぐに汗が滲んだ。 今日の最高気温は三十六度らしい。人の体温とほぼ同じはずのその温度が、ひどく熱い。 だけどこの季節に、アイスコーヒーを飲むと思い出すのだ。もうここにない僕の冷たさと、きみの温かさを。 同じだったらいいなと思うほどには、彼女のことがまだ好きだ。
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