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茹だるような暑さ、額から滴る汗、長めに抜いたチューニング管、眩いスポットライト、
夏が、来た。
本番前のリハーサル室、緊張感の高まる中で各々音を出し始める。50本の音色が不協和音を奏でる。
指揮台の上に顧問が立ち、一斉に音が止む。一瞬の静寂を揺るがす顧問の指揮に合わせて息を吹き込む。不協和音は一つのハーモニーになり、ハーモニーはやがて音楽になる。
15分もすれば入口からリハーサル終了を告げる声がかかる。ピシャリと、それを妨げるように窓の外が光る。そして、雨が降り出す。急に降り出した雨はすぐに強さを増し、地面を叩く。
舞台袖に行けば、もう雨の音は聞こえない。聞こえるのは自分たちの一つ前のプログラム。非の打ち所のないソロが私たちにプレッシャーを与える。
「大丈夫」「落ち着いて」「集中」小声で囁きあっては笑顔を向ける。そして、ステージに向かう。
スポットライトが私たちを照らす。外は雨。そんな中、私たちは青空を奏でる。大丈夫。私たちの上で、太陽は燦々と輝いている。
沢山の拍手に包まれる。会場には笑顔を向けるけど、曖昧な記憶の中で脳裏に浮かぶのは上手くいかなかった場面ばかりで。ステージを降りて唇を噛む。悔しい。あんなに練習したのに。
狭く暗い通路を歩いた先、外に広がるのは、
「青空」
思わず口から出た言葉。リハーサル室で見た雨模様はどこへやら、見上げれば雨上がり特有の蒸し暑い空気と清々しい青空がある。それとは対照的に私たちの目には涙が浮かんできた。
苦しかった。何度も止めたいと思った。何度も、辞めたいと思った。逃げたかった。
そんな苦しみが青空によって報われていく。やりきれない想いはあるけど、私たちの演奏はちゃんと「青空」だったんだ。
あんなに苦しかった私たちの夏が、まだ終わって欲しくないと思う。まだ、終わらせたくない。
私たちの最後の夏、どうかまだ、終わらないで。
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