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「風鈴、まだあったかな」
クローゼットを探していると、奥の方から手よりも少し大きい箱が出てきた。
蓋を開けた瞬間、夏の空気に包まれて、これを買った日のことが思い出された。
ぐだぐだとベッドの上で言い合いながら、灼熱の元に出る準備をした。その日は私の誕生日で、彼は近くのショッピングモールで風鈴を選んでくれた。夜には、いつも行くお店よりも少しおしゃれな海の近くのカフェでお祝いをしてくれた。家に帰り着いても、いつの間にか用意されていたお誕生日ケーキを二人で食べた。窓際で夜風に攫われて、チリンと気まぐれに鳴る音を聴きながら。
生ぬるい思い出に浸っていると、同じ温度の粒が頬を伝った。窓を少し開けると、ぬっと湿った空気が充満した。掌くらいの風鈴をしばらく見つめて、窓辺に飾ろうと少し黄ばんだ糸を摘んだ。背よりも幾分高いカーテンレールに手を伸ばした。その瞬間、荒く細く繋がっていた糸が、静かに解けていった。気づいた頃にはもう遅く、短冊がひらひらと揺れ、チリリン、と大きく鳴った。そして、破片が床に飛び散った。
欠片を拾い集めていると、短冊の裏の文字に気づいた。
“好きな人が元気で、幸せでありますように。”
欠片がちくりと心を刺した。その傷口から、彼がくれた言葉がどろりと溢れ出した。
「夏が、好きになったよ。君が生まれてくれた季節が、堪らなく」
「夏が嫌いだったみたいな言い方しないでよ。でも、私も誕生日以外の夏は嫌い」
「誕生日なのに、どうして」
「夏が来るたびに、今日のことを一生思い出すから」
「じゃあ、ずっとそばにいるよ。一生」
暗闇に飲み込まれないように、彼は力強く抱きしめてくれた。
あの時の私は、好きというものがわからなかった。目の前で私のことを好きと言ってくれる彼のことも、好きかどうかわからない。と言うよりも、自分のことが好きじゃないから、こんな私のことを好きと言ってくれる君が、嘘つきみたいだった。そんな私に、私が自分のことを愛せるようになるまで、ずっと好きでいるからと言ってくれた。彼の言葉の全てが、この風鈴の破片に閉じ込められているようだった。
ああ、君がいない夏がきた。
私だけの、夏がきた。
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