266人が本棚に入れています
本棚に追加
・
髪が仕上がると箱形の容器に入っていたベールを取り出した。
それは以前、アサドがブローチで仮止めして形を整えてくれた物だった。
入れ物の隅にはあの時の赤いブローチが置いてある。
セナはそれを手にした。
「もう先にいらっしゃっている筈ですから、これは私がアサド様に御返ししておきます」
「ええ、お願い。セナ」
ベールを髪に飾られながら、愛美は頼む。
綺麗にまとめてすっきりと出された愛美の額には、ザイードの青いブローチが飾られていた。
「さあ、お立ちください。仕上げにベールを整えます」
愛美の横に姿見が運ばれる。起立を促され、愛美はその鏡の前に立っていた。
長いベールの端がふわりと広がる。その美しさにセナは思わず息を飲んだ。
「まあ…なんて素敵な…」
じわりと涙が浮かんでくる。
最初はただの使用人頭と新米使用人の関係だった。そして姉妹のように仲良くなり、何時しかかけがえのない友となった。
ここまでくるのに紆余曲折。色んなことが愛美に降り掛かった。セナはそんな愛美を一番近くで見てきた。そんな思い出も今となってはいい経験となった。
辛い時を愛美は静かに乗り越える。騒ぐことも泣きじゃくることもせず、ただじっと唇を噛み締めて我慢する。
あの時目にした愛美の姿にセナは愛美の芯の強さを感じた。
緊張しつつもしゃんと真っ直ぐに伸びた愛美の背中をセナはまるで母親になった気持ちで見つめる。
最初のコメントを投稿しよう!