識る者

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識る者

紅茶は、もうもうと湯気を立てる。 毎度思う。なぜ猫であるのに、熱いのが平気なのだろうか、と。 「それほど、重要なことだとは思わないけれど」 これは毎度君がそんなことを思うたびにいっていることだが。砂糖を二ついれて、ミルクを入れてかき混ぜる。紅茶の香りにも煩いわりに、それをただの砂糖水に化すその神経は信じられないが、私はこの男に、毎回その三点セットを持ってくるように言われている。私にそれを飲むことを強要しないだけマシと考えるべきなのだろうが、相入れない価値観の違いに、もう少しこう、などと顔に出てしまうようで、その度に目の前に座る男の耳ははためいた。 「ああ、今日からイギリスの方に行くのは言っていたね?一週間此方に帰らないけれど、その間は?」 私は、実家の方に帰っておく、と、そういった。この男も出張で帰ってこないのならば、時のたまには実家のほうの猫に会いに行くのもいいかもしれない。 「それがいい。私の方も心配いらないよ」 それは知っている。私が助手として雇われてからずっとこの男を見てきているけれど、この男は雇ったことをつい忘れてしまうのだろうか、書類整理も、コピーも、判も、シュレッダーすらも自分でやってしまう。せめてならば昼飯くらいは、と、思っても、気がつけば彼の方から食い物が出てくるのだ。なんのために雇ったのかさっぱりわからないが、今のところ、やっぱり自分でできるからと言われる様子もなく、とりあえずは部屋の掃除はかなり時間をかけてまめにすることにしている。
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