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「おい、悠。何やってんだよ」
不意に訪れた声に、藍田はたじろいだ。寝耳に水とはまさにこのことか。
手に持っていた携帯電話を仕舞いながら、声がした方へ慌てて振り向く。そこにはしかめっ面をした佐藤潤がいた。藍田より背が高く、すらりとしたスタイルの良さは女子も放っておけないだろう。
藍田はいまのいままで考えていた苦悩を封じ、平静を装うことに努めた。
「佐藤か。おはよう」
「うぃーす」
淡々とした一言だった。冷たいが、しかしこの際そんなことはどうでもいい。その反応から藍田の狼狽はどうやら彼には気付かれていないらしい。安心した。そこまで派手なリアクションをしたわけではなかったようだ。
佐藤は藍田との悪友だった。藍田らはいま二年生でクラスは別々なのだが、一年生の頃はクラスメイトでその時に仲良くなった。その頃から彼は常に気怠い気配を漂わせていて、やる気というものが一切感じられない。実際、学校に行くことに熱心にはなれないのだろう。その気持ちは藍田にも理解できないものではない。
佐藤の出現は、正直有り難かった。息苦しい考えに囚われつつあった藍田にとって、なかなかどうして気晴らしにちょうどいい。
佐藤が藍田の隣に並んだところで、改めて学校へと向かい歩き出す。
「相変わらず眠そうだな」
「そりゃ眠いっての。いま何時だよ」
「八時」
学生が登校するには然るべき時間帯だ。しかし佐藤はそれが不満なのだろう。どうせ一〇時過ぎまで寝ていたいと考えているに違いない。
「寝たい」
「無理言うな」
「鬱だわ」
「打つ手なしか」
「……上手いこと言ったつもりか?」
佐藤にこの冗句は通用しなかったようだ。なかなか手厳しい。
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