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それだけではない。藍田には、梨乃ちゃんという何者にも替え難い唯一無二の存在がいる。その気持ちに変わりはない。彼女との離別を考えるだけで心臓が木っ端微塵に破裂しかねないほどに強烈な悲しみを懐く。それにも関わらず――それが、彼を最も惑わせる。
「うん。球技大会の話をしてたんだ」
「藍田くんが佐藤くんと?」
だが葛城は、一転して物珍しいものを目撃したかのように瞠目した。
「なんだよ」
「やっぱりやる気満々じゃん」
「うるせえよ」
軽口を叩いてみせたが、果たして葛城は小さな微笑を溢した。藍田はそれが嬉しかった。彼女は、沈鬱めいた昏い表情よりもにこやかな笑みの方が遥かに似合う。どことなく救われたかのような気持ちになった。
「ふふ。期待してるわね」
「おう。あいつには負けられんからな」
「そうだね」
佐藤とサッカーができるという事実は、暗澹とした彼の気持ちに涼風を吹かせる。
二人の会話の頃合いを見図ったかのように、拘束の解放を告げる鐘が鳴った。すると周りの生徒たちが一斉に立ち上がり、そそくさと教室を後にしていく。
「じゃあな葛城。また明日」
そう言って藍田もまた立ち上がると、葛城が「藍田くん」と彼を呼び止めた。
「あのさ。明日も、お昼はいないの?」
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