転移

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「あら、今年も帰ってきてくれたの? 母さん嬉しいわ。そうだ、お腹すいてない? 疲れたでしょ。仕事はどう? あ、父さん! 道利が帰ってきたわよ!」 息継ぐ間もなくまくし立てる母に対し、道利は苦笑しつつ「ありがとう」と答えた。 しかし、奥の方からテレビの音が聞こえてくるものの、父が出てくる気配はない。居間の入り口から父の姿を確認し、道利はやれやれと軽く頭を振って一人テレビを見ていた父に再度「ただいま」と声を掛ける。 「ん」 ただ、返ってくる言葉はそれのみであった。道利もそれに反応を示さない。まだ意地を張っているのか。父も、自分も。 道利は小さくため息をつくほかなかった。道利の父は常に眉間にシワを寄せ、小柄ながらも他人を圧倒するその存在感は見るからに堅物であり、実際にそうであった。  道利の家は農家である。昔から野山を駆け回り、生物という生物が大好きであった道利は、将来父の跡を継ぐものだと両親も、近所の人でさえそう思っていた。 ところが今、道利は陸上自衛官である。それも農業系の学校に行ってからの自衛隊である。ゆえに父は猛反対した。 昔から跡を継いでくれることを確信して疑わなかった父が反対するのは仕方のないことだった。それも大学まで行かせて。道利も自身が同じ立場であれば同じようなことを思っただろうと自覚はしていた。     
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