序 (九十九)

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序 (九十九)

ある日、犬がどこかの金持ちの台所からとびきりの肉をくわえて走り出した。知ってるよな。イソップ童話。犬の顔よりでかい、Tボーンステーキだ。ニューオリンズのケイジャンのヤツらがそんな犬を見てみろ。庭先を通るものなら何でも撃ち殺して鉄鍋にチリペッパーぶちこんで煮込んじまう連中だ。犬がTボーンステーキなんかくわえて走ってきたら、イヌごと喰っちまうだろうよ。レストランで喰おうと思えば、ジャケット必須で一人100ボックス(ドル)はする、上物だ。犬は、得意げに橋を渡ろうとした。ここからは誰もが知っているよな。そう、水に立派な肉をくわえた犬が映ってやがる。犬は頭に血がのぼった。マヌケ野郎、俺様が一声吠えたら、お前なんかしっぽまいて逃げるに決まってる。おまえの肉も俺がありがたくいただいてやるよ。犬は、吠えた。腹に響くようなドスの利いた吠え声だ。もちろん、犬がくわえた肉は川に真っ逆さまだ。誰もが思う。馬鹿な犬だと。とっとと一人で喰っちまえばよかったのに、と。思わないか? 犬が落としたのは、肉だったのか? 人生や若さや才能。他人を妬んで欲しがった挙げ句、持って生まれた大事なものをなくしたんじゃないか? いるだろ? きれいになろうとして整形しすぎておばけみたいになった女や、馬鹿にされまいとドーピングしたり身体を壊すほど鍛えて、一生ものの障害を負ってしまう連中。あいつらは、水に映った自分に吠えて、持って生まれた何かを取り落としてしまったんじゃないか? 手の届かないところに
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