(一)

2/18
57人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
 この住宅地の奥には教団の事業所があり、多数の信者がそこで働いている。会長と幹部指導者はさらに奥の本殿と事務所にいる。テレビでよく見かける、財政界の重鎮とやらがその本殿に出入りするのはよくあることだ。資金調達の算段か、選挙への協力か、寄付金のことか、表沙汰にはできないことか、想像はつく。  俺の両親も幹部指導者だ。だから、俺は夜遅くまでアルバイトをすることが許されている。幹部指導者の家族にのみ許された特権なのだ。  香西団地には家庭ごとに居住スペースがある。聞くところによると、マンションと変わらない構造らしい。普通のマンションと違い、共有スペースが充実している。保育施設だけでなく、スポーツジムやプール、診療所も図書室もある。信者ならいつでも使用できる施設が多数ある。  もちろん、設備の充実したこの香西団地には限られた者しか入居できない。信者の中でも事業所で働くことができるほどの、特権階級の信者のための居住区なのだ。 「旬くん、お帰り」 「ただいま。……ん、Bランチ」  食堂の食事はすべてタダだ。食材を作ったり調達してくるのが信者なら、調理も信者が行なう。もちろん、食べるのも信者だ。  挨拶をしてくれた女性にメニューを伝えて、出てくる皿をプレートに置いていく。白米や味噌汁もおかわり自由、セルフサービスだ。夜中なので人は少ない。適当な場所に座って、白身魚のフライやハンバーグが盛り付けられたランチプレートに口をつける。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!