優しい世界に魅せられて

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* * *  自分ではダメなのだと気付かされたあの夜。  佐野は、誰かの主人公になるという願いを捨てた。別に、英雄になりたかったわけではない。漫画のようなヒーローに憧れたわけでもない。  ただ、特別な誰か1人の、かけがえのない自分になりたかった。 『王子じゃなくたって、誰かの助けになろうって動ける君は素敵だし、必要だって思う人もいると思う。ネズミや小人だって、十分心強い味方だよ』  そう言って淡く微笑んだ花御の笑顔は、驚くほどに繊細で、雪よりも細く、儚く見えた。  それはまるで、誰もいないリビングの片隅で独り、声を押し殺して泣く母のように。 『最初から、付き合ってなんかなかったんだろうね』  あの言葉に、どれほどの勇気がいっただろう。  呼吸を浅くし、唇を震わせ、たった1粒だけ涙を落とした花御の胸中は、佐野には計り知れない。  それでも、そんな陰を見せずに華やかに笑うその華奢な肩に乗るものを、少しでいい。見せて欲しいと、分けて貰えたらと願うのは、傲慢だろうか。
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