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自分ではダメなのだと気付かされたあの夜。
佐野は、誰かの主人公になるという願いを捨てた。別に、英雄になりたかったわけではない。漫画のようなヒーローに憧れたわけでもない。
ただ、特別な誰か1人の、かけがえのない自分になりたかった。
『王子じゃなくたって、誰かの助けになろうって動ける君は素敵だし、必要だって思う人もいると思う。ネズミや小人だって、十分心強い味方だよ』
そう言って淡く微笑んだ花御の笑顔は、驚くほどに繊細で、雪よりも細く、儚く見えた。
それはまるで、誰もいないリビングの片隅で独り、声を押し殺して泣く母のように。
『最初から、付き合ってなんかなかったんだろうね』
あの言葉に、どれほどの勇気がいっただろう。
呼吸を浅くし、唇を震わせ、たった1粒だけ涙を落とした花御の胸中は、佐野には計り知れない。
それでも、そんな陰を見せずに華やかに笑うその華奢な肩に乗るものを、少しでいい。見せて欲しいと、分けて貰えたらと願うのは、傲慢だろうか。
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