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足早に帰路を急いでいた佐野は、視線の先に見える、幸せを期待させるように暖かい光に思う。
躊躇なく花御を捨てた颯斗は、朱理と綾香を手に入れ、それで、本当に幸福なのだろうか、と。
夜といえど肌を舐る空気は、雨の気配を残してねっとりと重く、真っ直ぐに伸びた佐野の背を汗が伝う。
幸福の考え方はそれぞれ違うというのなら、佐野のこの疑問に、正しい答えはないのだろう。第一、颯斗に“幸福”という概念があるのかすら怪しい。
佐野は僅かに弾んだ呼吸を整えるため、ゆっくりと深く息を吸い、同じだけゆっくり、吐き出した。
不思議と、緊張も恐怖も感じなかった。
守るだなんて、大仰なことは思えない。自分にそんな力があるとも思わないし、何よりきっと、花御はそれを望んでいない。
望むのは、暖かさに溢れた優しい世界だと思う。
ただ、1つだけ願ってもいいのなら。
花御が泣く場所は、自分でありたい。
決意を固めるように細く息をついた佐野は、慣れ親しんだ玄関扉へと手を伸ばした。
それは訪れる未来を知っているかのように、いつもよりずっと、重く感じた。
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