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「お疲れ様、茂木さん」
「歌依です」
“もぎ”という音を嫌う彼女が、どれだけ言っても呼び方を変えない花御にわざと口を尖らせる。
花御の立場上、誤解を生むようなことは出来ないと説明した際、きょとんとしたのちに笑われ、
「私の口癖なんです。すみません」
と言われたことはまだ記憶に新しい。
花御は小さく肩を竦め、“彼女の口癖”とやらを聞き流すことにした。
「それ、貰うよ」
つい先程ドアベルを鳴らして陰る空の下へと出て行った客が使っていたのだろう、薄紅色の唇が残るカップを手にする茂木に、花御が腕を伸ばす。
「え、や、いいですよ。私、手空いてますし」
「僕も空いてるんだよ、気にしないで」
「、でも……」
雇い主である花御に雑用をさせることに抵抗があるのか、食器を持つ茂木の手に力が篭る。
花御としては、手が空いている自分が引き受けた方が、茂木が動きやすくなるという配慮のつもりだったのだが、余計なことをしたかもしれない。
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