136人が本棚に入れています
本棚に追加
風が季節を運ぶ──。
フルーツの甘い香りをいつも身に纏っていた祖父の、口癖のような言葉を思い出した花御 樹は、来訪者よりも先に店内に入り込んだ熱っぽい風に、ふっと目を細めた。
初夏。5月も中旬にさしかかり、いよいよ夏が始まるという土曜の昼過ぎ。
洋菓子店[Sea flower]は、今週1番の暑さにやられた人たちの避暑地として賑わっていた。
「いらっしゃいませ」
重たいベルの音が鳴り止み、冷やされた空気と混ざり合った熱気が柔らかく、その姿を失くしていく。
穏やかな営業スマイルを浮かべていた花御は、ぺこりと小さく頭を下げる青年に、おや、と目を瞬かせた。
彼の顔には、覚えがある。小型犬のように丸い瞳と、愛想のいい笑みを形作る幼げな唇。
いつか店を訪ねて来た、香乃の友人ではなかっただろうか。
最初のコメントを投稿しよう!