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うまく伝わらなかったとしても、嘘だけはつきたくなかった。拓斗との喧嘩の理由にもなっているからだ。
千晃は頭の中でよく言葉を選んでから、口をひらいた。
「ママはね、遠くにいるんだよ」
「なんで?」
「……パパはママと喧嘩したんだ。昔のパパは、自分が悪かったな、って思ってもごめんなさいが言えなかった。あとから謝ろうとしたんだけど、そのときにはもうだめだったんだ。それで、ママは遠くにいってしまったんだよ」
「とおくって、どこ?」
分かる言葉を拾いながら、心暖は懸命に理解しようとしている。
「ばあちゃんちよりも、もっともっと遠いところ。だからもう会えないんだ。心暖、ごめんね。上手に仲直りできなかったんだよ」
「……なんで?」
「なんでかな。結婚するっていうことがよくわからないままに、新しい生活を始めようとしたからかもしれない、あのころは」
その言葉の意味を分かるはずもなかったが、心暖は眉根を寄せたまま千晃の顔を覗き込んでいる。
「パパ、いたいの?」
「ん?」
感情だけは伝わってしまうようだ。どうやら心暖は微妙な異変を察知して、こちらの心配をはじめたようだった。
「ちょっとまっててね」
心暖は急に体を起こし、保育園のバッグに手を入れた。それから、
「ほら!」一転した得意げな顔で引っ張り出してきたのは、食べきりサイズの、たけのこの形を模したチョコレート菓子だ。バンドエイドでも出てくるのかと思っていただけに、これは予想外だ。
「これパパにあげるね」
だから元気を出せ、ということだろうか。
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