リングサイドブルー

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☆  チョコレートの魔法が効いたのだろうか。翌朝の心暖はここ数日のぐずりが嘘のように、さっぱりした表情だった。  久しぶりに上機嫌な心暖をつれて保育園に行くと、入り口の前に、母親の手を握った男の子の姿が見えた。  保育園に行きたくないのか、顔をくしゃくしゃにし、瞳には涙を滲ませている。諭されても何度も首を横にふり、頑なに拒絶をしているのは拓斗だ。 心暖は足を止めた。拓斗が中に入るまでここでやり過ごすのかと思えば、千晃の手を離してひとりで保育園に向かって駆けていく。 「たくとくん、いっしょにいこ」  心暖は自分から拓斗の空いた手を引いた。拓斗は顔を上げ、驚いたように口をあけて、ただ心暖を見つめていた。  もしかしたら心暖は、昨晩の話を自分のことに重ねて聞いていたのだろうか。いやまさか、そこまで理解が及ぶはずがない。まだ三歳だ。喧嘩、仲直りができなかった、などのキーワードを拾って、心暖なりに解釈したということだろうか。  千晃がようすを窺っていると、拓斗の母親が会釈してきた。その場で挨拶を返し、大人二人は子どもたちにこの先を委ねてみる。  拓斗はおそるおそる母親から手を離した。それから心暖に向かって頷いた。手をつないだまま振り返ることもなく、ステラ保育園の扉に手をかけた。 「ありがとうございました」拓斗の母親がすぐ駆けてきて頭を下げた。 「いえ。拓斗くん、うちの心暖が叩いたから、保育園自体もいやな印象になってしまってたかな」
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