リングサイドブルー

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「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」  千晃は仕事中とは打って変わった、丁寧な物腰で返した。心暖の手が離れると、千晃は膝を折って拓斗と視線を合わせた。 「心暖をよろしくね」  微笑みかけると小さな頭がゆっくりと上下する。千晃はそれを見届けてから、ありがとう、と立ち上がった。  会社では仕事を定時で切り上げる、開発にも回せない使えない若造でも構わないが、保育園はそうはいかない。自分の印象がそのまま子供の印象に直結する。心暖のために、ほかの親以上にしっかりしなければいけない。 片親だから、母親がいないからと引け目を感じさせないためにも。蓋を開ければシングルの訳あり男。これはどうしようもない事実だが、心暖まで色眼鏡で見させるわけにはいかないのだ。  あちこちで場に合わせて顔を作っていると、いったいどれが本当の自分なのかわからなくなることもある。だがそんなことを考えることすら無駄だと、千晃は割り切っていた。 自分が自分らしくいることなど、二の次だった。そもそもが無理なのだ。生活には常に何重ものレッテルが付きまとう。そんな暮らしにももう慣れていた。  子供同士でしっかりと挨拶をさせてから、保育士の女性から今日の心暖のようすを聞いた。うまく仲間の輪に入れない拓斗を何かと気にかけていたらしい。 自分の前ではいつも甘えん坊の心暖は、保育園だといつもしっかり者だと褒められる。千晃にとって何よりもそれが誇らしかった。
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