リングサイドブルー

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 旅館について早々、心暖が温泉の話に興味をもってしまったのだが、いやな顔ひとつせず、風呂に入れる役割を受けてくれたのが有紗だった。  彼女は今、心暖の手をとって、やさしげな眼差しを向けている。何を話したわけでもないのだが、心暖が彼女を気に入ったということはよく分かる。 それだけで、女性が好印象に見えるのだとすれば、相当まずい。目が合っただけで自分のことを好きだと勘違いする、恋愛偏差値の低い童貞と変わらない。 「綿貫さんごめんね、初対面なのに」千晃は有紗のつむじに向かって話しかけた。 「でも森住さんのことは前から知ってたので」有紗の丸い目が上を向く。 「え、なんで?」  仕事の話つながりで、何かの話題に上がったのだろうか。だとすればたぶんそれはろくな内容じゃない。けれども、どうでもいいはずのそれを少しでも覚えていてくれたのだと思うと、悪い気はしなかった。 「なんか嬉しいっすね。基本、興味対象としては圏外なんで。俺、だいたい遊び仲間としても圏外なんですよ」 「どうしてですか?」有紗は首を傾げた。 「そりゃ、子供いるからでしょ。それなりの年齢ならまだ問題ないけど、男が未婚で二十四。女の子からしたら、学生時代に無計画で子供作った悪い男、みたいな印象ですよ。大学時代の男友達と遊ぶと飲みが多いし、そんな場所に心暖はつれていけないからね」 「無計画、だったんですか?」 「あ、それ訊いちゃう?」  答える代わりに、自嘲めいた笑みを浮かべる。
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