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「あの髭オヤジ…
よりにもよってこんなとこに吹き飛ばしやがって」
そこは忘れもしない。俺の記憶の一番最後の場所。
交通事故現場だった。
あの日
親父の説教に憤慨した俺は、耳障りな雑音ごと消し去りたくて、居間の壁目掛けて力いっぱいソイツを投げつけてやったんだ。
期待通りの無残な姿からは、もう雑音はおろか音と呼べる音はコトリとも聞こえてこない。
代わりに、鈍くささくれだった節だらけの右手が、俺の顔面すれすれを乾いた音を響かせ
気力を放棄したまま緩慢に下ろされた。
感情を伴わない声は言った。
『出ていけ。二度と顔をみせるな。』と。
後は、盗んだバイクで闇雲に走る定番のコースだった。
大型トラックを避けきれずに突き刺さった体は、そこに意識を置き去りにした。
夫や息子よりも大切な存在を選んだ母親は、とうに出ていったきりだ。
愛する女だっていやしない。
幽霊になってまで恋人のピンチを救うような、涙を誘うドラマだって無論ある筈も無い。
「どっかの国のシケた恋愛映画じゃあるまいしよ。」
俺には犬猫どころか、たった1枚の10円玉だって大切になんて思えない。
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