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「巡る魂…か…」
昔、まだ俺に両親がいた頃
この場所に最初に連れてきてくれたのは、かくいう親父だった。
カブトムシやクワガタに夢中だった俺は、何年か先に待ち構える死なんて知る筈もなく、無邪気にはしゃいでいたものだ。
あの頃から、親父は携帯ラジオを肌身離さず持ち歩いていて、ここに来るときは決まって天気予報をチェックしていた。
親父曰わく、俺の祖父から譲り受けた形見の品らしくかなりの年代物で
絞り出す夏の終わりの蝉時雨のような奇妙な音質が、俺にはずっと耳障りなノイズでしかなかった。
遠い昔の幸せな記憶。
ともすれば夏の幻のように儚い一瞬の夢。
少しずつ崩れていく夢の形は、幼い心を陰湿に引きちぎるには充分すぎていた。
そんな現実を呼び覚ますように纏わりつく虫の羽音を、両腕で凪ぎ払いながら
俺はこの空っぽの現実に決着を付ける覚悟を決めると、透けた体いっぱいに風を切る。
意識はただひとつ、眼下に広がる街の一角に飛んでいた。
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