プロローグ

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 次の就職先も決めないまま、衝動的にやめることができたのは、僕にとっての最初のエスケープとして記念すべきことだろう。僕は勇気を奮って仕事を辞めたのだと。  だけど現実は甘くない。  話に聞けば、あの時にエスケープをした先輩も、親に勘当される寸前まで怒られたらしかった。というのも、警察に捜索願まで出すほどの騒ぎになっていたからだ。  エスケープには代償があることはわかっていた。僕の場合は、無職というレッテルと劣等感、焦燥感になるのだろう。  もし先輩だったら、こういう時どうするだろう。また大学時代のように、相談に乗ってもらおうと考えた。相談までに至らずとも、久しぶりに会って酒を酌み交わすのもよかった。  先輩の死を知ったのは、そう考えてから、しばらくたった後のことだ。亡くなったのは去年の夏ごろだった。  僕に先輩の死を知る術はなかった。先輩にSNSを通じて連絡を取ろうとしたが、すでに先輩のアカウントは消されており、大学時代の数少ない友人に連絡先を尋ねたときに、その事実を知った。  死因はバイクによる事故死だった。高速道路の車線変更でハンドルを滑らせて横転し、その直後にやってきたトラックに盛大に轢かれたらしい。  途中でサークルを辞めていた僕に、先輩の訃報は届かなかった。もちろん葬式や通夜の話もない。それは別にいい。サークルを途中で辞めた僕は、所詮は赤の他人だ。けれど、もう少し早く知りたかったと思った。  先輩は天国から、エスケープをした僕を見てどう思っているだろう。最近、そんなことを考えた。 「まだお前は身軽になれてないな」  きっとそう言われることだろう。社会が決めたレールに乗っている限り、鳥のように身軽になれるチャンスは、もう一生来ないのかもしれないとさえ思っていた。
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