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楓はぼそりと呟き、また黙り込んだ。
落ち着くまでそっとしておいた方がいいか、と満貴はバルコニーに目をやる。
外はまだ明るく、せいぜい正午を回った辺りだろう。
「台所の方にいますんで、何かあったら呼んでください。後、バルコニーからは出ないで、危ないから」
「…はぁ」
佳大は本棚から文庫本を一冊取り、台所に回る。
気の利いた言葉は思いつかないが、楓を独りにして出発するのも気が引けた。
半ば勢いで連れてきてしまったが、彼女はこれからどうするだろう。もしここにいるというなら、寝る場所を考えなければなるまい。
見知らぬ若い男と一つ屋根の下…さぞストレスが溜まるはずだ。
(いや、けどなぁ…)
出ていけとは言わないが、こちらも出ていく気はない。
楓の身の上はほとんど知らないが、自分と同じように家ごとこの場所に迷い込んだのでは無さそう―だ。
そのあたりは後で確かめるとして、今日は楓の様子を見よう。
楓は陰鬱な気分で、桐野宅で一夜を明かした。
主人の満貴は気を遣ってキッチンに布団を敷いていたが、仕切りすらないのだ――夜這いを掛けようと思えば掛けられる。
自分が男性からどのように見られるか、楓も把握している。
どうしようもないんだろう、しかし気は進まない。諦めて掛け布団を被り、満貴が使っていたベッドで眠りにつく。
この日は早く目が覚める。
身体を確かめているが、着衣に乱れはない。楓が目を覚ました時、満貴はまだ寝ていた。
黙考し、本棚の文庫本を取り出して読み出す。
並んでいたのは呼んだことの無いタイトルばかり、ジャンルはホラー・ミステリーに偏っている。
読書を始めて5分ほど経ち、満貴はのっそりと起き出した。
「…お早うございます」
「……お早う。まだ5時?人間の起きる時間じゃないって」
「そう…ですね」
満貴は冷蔵庫から適当に食材を選び、朝食を作る。
「桐野さんて、料理できるんですね」
「うん。興味があって、なるたけ自炊してたから…食料見つかるかなぁ」
満貴は嘆息する。
怪物以前に、食料が得られなければ、それだけで死ねるのだ。
「あの…私も、一緒に……」
「大丈夫?気持ちは嬉しいけど無理はしないで」
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