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しばらくすると、何事もなかったかのようにイチが戻ってきた。
しかし、さっきのような態度ではなく、少し前に見た無表情の冷たいイチになっていた。
まるで、何人もの人格がイチの中にいるような気がして、イチの事が余計に心配になる。
「…大丈夫なの?」
イチは無表情のまま私をまた拘束し始めた。
「記憶を消されたから、あんな風になったの?」
……
「ここにいるのは、誰かに命令されているからなの?」
……
話しかけてもイチの表情は全く変わらず、返事もしない。
イチの意思で話そうとしないのか、それとも誰かに聞かれていたり、話すなと命令されてるのか…?
このまま話しかけ続けても変わらないと思い、どうしたらいいのかを考えながら、イチを視線で追った。
……
……
…?
イチを視線で追っていると、一瞬だけイチの体が硬直した。
それはほんの一瞬だけで、ずっと見ていないと気がつかない程度だったが、スムーズに動いているイチが一瞬だけハッキリと硬直していた。
何かあるのではと思い、更にしばらくイチを見ていたが、イチは私をしっかりと拘束すると、私の視界から外れる位置へと移動し、その場に立っている気配に変わった。
そして…
その後すぐに『ガチャリ』とドアが開き、数人の軍人と首相、ノアが部屋へ入ってきた。
「気分はどうだね?」
首相は私へ笑いかけながら優しい口調で話しかける。
しかし、機嫌のいい首相とは正反対に、ノアは青白い顔に弱々しい歩き方で、ひどくやつれていた。
「…私とは話したくないようだね。それもそうだな…まぁいい、これから君には気分よくいてもらわないといけないからな」
首相はニコニコと私に笑顔を見せながら、やつれたノアの肩を『ポン』と軽く叩いた。
すると、その拍子にノアは軽く叩かれた肩がガクンと下がり、膝を床についてしまった。
「あぁ、すまない。忘れていたよ、すぐに新しいナノマシンを作れるように努力するよ」
首相は口では謝っていたが、苦しそうに弱々しく立ち上がろうとするノアに手を貸すことはなく、私へと近づいた。
「……ノアが可哀想だと感じているようだね。原因は君にもあるし、解決策も君にあるのだが……ノアはこのままだとあと2、3日しか生きていられないだろうな」
首相はノアにも聞こえるような声で私へと話す。
何があってノアがこんなにもやつれてしまったのかはわからないが、原因が私にあると言われ、勝手に湧いた罪悪感を少しでも減らすために自分の何が原因かを脳が勝手に考え出す。
「ノアを助けたいとは思わないのかね?」
首相はノアの方に振り返り、私の視線を無意識にノアへと向けさせた。
ようやく立ち上がったノアは肩で息をしていて、足はずっと震えていた。
目の周りは黒く窪んでいて、酷く乾燥した唇からは所々血が滲んでいた。
「ノアが勝手にした事だから、仕方がないのかもしれない。しかし、ノアもこうなるとは予想していなかった。助けられるのは君しかいないんだよ…」
……
ノアが勝手にした事…って、何だろうと考え始めたが、残された時間が少ないノアを見て、考える時間にも罪悪感を感じ、首相へ直接聞いてみる。
「ノアは…何をしたの?なぜ、私しか助けられないの?」
私の質問に首相はわざとらしく驚いた表情をした。
「君から作ったナノマシンを入れたからじゃないか。質の悪い不安定な君のナノマシンが、ノアの体内を破壊しているんだよ」
「え?…」
「君は採血をしている時、ネガティブな感情で、ノアの事を憎んでいたんだろう?その君の思考がそのまま血液に反映されたんだよ。その血液から作ったナノマシンだから、ノアを消そうと破壊的なナノマシンになってしまった。
まぁ、作ったのも摂取したのもノア本人が決めた事だから何も言えないが、こうなってしまった以上、助けるのが人間ってものじゃないのか?」
……
首相の話に驚きと罪悪感が更に生まれる。
ノアが勝手にやった事だと消そうとするが、やつれているノアが消えなくて、消そうとすればするほど、助けなきゃという気持ちが生まれる。
「…助ける為には、君がいい状態の時の血液からナノマシンを製造する事なんだ。落ち着いていて、安心している時がいい」
首相はそう言って私へにこやかな笑顔を見せようとしたが、急には無理だったようで、半分ひきつった気味の悪い笑顔を見せた。
……
どうするか……
どうするべきなのか、と考えた時に、そうじゃないと、誰かに言われた気がした。
……どうするべきなのかじゃなくて、自分がどうしたいか。
そう考えた瞬間、自分がどうしたいかがハッキリと見えた。
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