未来

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…… …… イチは私を見つめたまま、しばらく何も言葉を発しなかった。 何かを伝えたがっているのはわかるが、私から聞き出すのを待っているような感じでもなく、イチは私へ自分から話し出すタイミングを待っているようだった。 そう感じた私は、イチが話し出すのを待つ事にして、イチの瞳に映る自分を見ながらイチの口が開くのを待った。 …… …… 「……ごめん」 「…」 また、謝る言葉がイチの口から出た。 しかし、以前のように言葉に乗った感情の感覚が読み取れず、ただ『ごめん』という言葉が私の耳に届いた。 そして、すぐにそれは言葉だけじゃない事に気が付いた。 …… ……イチの、感覚じゃない。 私の意識と同調していたイチの感覚とは違う、何かたくさんの波長が重なりあった事により、一つひとつ違った波長はお互いを吸収し、ゼロに近い状態になった。 そして、言葉という固定された『物』のようにそこにあった。 …… …… そして、その一つひとつの波長に注目すると、それぞれに暖かくて、優しくて、ホッとする、つい最近だけど懐かしい気分が自分の中にある事に気が付いた。 …… 「……みんな、いるの?」 …… 私の問いかけにイチは最初不思議な表情をしたが、私の視線をたどったイチは、何の事なのかすぐに気が付いたようだった。 「……俺の中に、皆いる…」 イチは小声で囁くようにそう言った。 私はもう一度イチの顔から視線を外し、腕と両足へ視線を移し、またイチの顔へと視線を戻した。 「皆の感覚が、イチから伝わる…」 リーフ、スカイ、サン、それに別の場所からモモの事も感じる。 その皆が、私へ安心していいよって伝えてくれてる気がした。 イチは私へ何か言おうとしていたが、それが何かわからなくても、安心していいよって皆から伝わる。 「俺の事は信じるな…」 イチはそう言って私から視線を外し、一歩後ろへ下がった。 …… イチが何を言いたいのか読み取る事はできなかったけど、皆を感じて、その感覚を信じる事にした。 私はイチへわかったと頷くと、イチはまた一歩下がり、くるりと私へ背を向けた。 そして、イチはゆっくりとドアに向かって歩き出した。 …… イチへ何が言いたかったのかを聞き出すべきだったんじゃないかという自分の思考は、イチの背中から感じる皆の安心の感覚の方が勝り、イチがドアを開けて部屋から出て行ってしまうのを、私の視線はただ見ているだけだった。 そして、イチが部屋を出て行ってから30秒後、大きな爆発音がして、部屋全体が揺れ始めた。
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