未来

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「花菜の記憶は、しっかりと覚えている」 そう言ったイチは、確かにアンインストールされる以前のイチに戻っていた。 「俺は、いつかアンインストールされると思っていた。今までなら毎回アンインストールして新しい自分でもよかった。記憶や感情を無駄に持つのは重たいから…でも、花菜との記憶が出来てから、それを無くすのは命がなくなるより怖かった。花菜に会って、初めて感じた感情は、会うたび、想うたびに深く、複雑で、広いものになって行ったんだ」 イチは、少し恥ずかしそうに話した。 「そんな感情を消されるのが嫌で、花菜との記憶や感情を、保護することにしたんだ。誰にも気付かれないように、自分にも気付かれないように…」 「?」 イチが『自分にも気付かれないように』と言った事に引っ掛かり、顔を上げてイチを見ると、イチは得意そうに頷いて話を続けた。 「記憶を消されれば、花菜との記憶を保護している事も、消されるって事だ。だから、最初から自分の知らない所へ保護しておけば、自分の記憶にない事だから、消す事が必要なくなる。俺はその為に花菜との記憶を自分が気が付かないうちに自動で保護するように、プログラムしたんだ。 プログラムと言っても、自分に催眠をかけて自分の知らない間に保護する回路を脳内へ指示したんだ」 イチはそんな事までできるのかという驚きと、確かに、記憶を保護している記憶というのもあると、あらためて記憶というものが複雑なものだと感じる。 「俺は日々花菜との記憶や感情を知らない間にずっと保護していた…そして、予感していたアンインストールをされ、表面上の花菜との記憶は、全て消された。 あの時は本当に悪かった…」 イチは私の頭に手を乗せ、抱き締めている腕を少しだけギュッと力を入れた。 「でも、記憶を全く無くしてしまったから、保護している記憶を取り戻す為には、自分で気がつかなければいけなかった。花菜との記憶が一切ない俺が思い出す為に何かアクションできる事…と考えて、記憶のない俺が花菜を見て何をするか?に、注目した。そして、俺は花菜を見れば…」 イチはそこまで話すと、抱き締めていた腕を緩め、私に視線を合わせた。 「何をして、取り戻したの?」 私が聞くと、イチは私の頬に手を添え、ゆっくりと顔を近付けた。 『…』 「……こうやって、キスをすると思った。花菜を見れば、俺は花菜にキスしたくなると、思った」 …… イチの暖かい唇が自分の唇に触れ、胸がギュッとして熱くなる。 イチを好きだという気持ちが、どんどん強くなる。 「だから俺は、花菜にキスをする事で、保護していた記憶と感情を戻すように、セットしたんだ。 うまくいくかはわからなかったが、これが最善の策だと思うしかなくて、賭けたんだ。 そして、花菜にキスをした瞬間、全てを取り戻した」 私を見つめるイチは、よかったという表情で私にもう一度キスをした。
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