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壁掛時計のカチコチという音が静寂を一層際立たせ重苦しい雰囲気がさらに重くなっているような、なんとも言えない居心地の悪さを感じながら逃げ場のない一室に俺はいた。
目の前では口髭を蓄えたこれまた重苦しい空気を纏った中年の男が窓の外をただ無言で眺めている。
何か発言すべきかと思案したが、結局紡ごうとした言葉は喉で渋滞が発生し止まったままだ。
もうそろそろここに来てから30分が経過しようとしており、この重苦しい空気と直立不動状態による肉体的な疲労で限界が近づいていた。
「シエル君」
目の前で沈黙を続けていた男が俺の名を穏やかに口にする。
「何でしょうか」
「実はねえ……大変なことになっちゃってね」
男はこちらを振り向きながら言うとため息を一つついて椅子に腰掛け、机の引き出しからタバコを取り出すとおもむろに吸い始める。
そしてフゥーっと煙を吐きながら続ける。
「足りないんだよねえ……勇者が」
「ゆ、勇者ですか?」
「そうなんだよ。近頃あっちの世界からスカウトした勇者候補がことごとく農業始めたり、働かず酒ばかり飲んでたりして全然魔王軍と戦おうとしないもんだから魔王を倒す勇者がいないんだよね」
「しかし今月はスカウト強化月間で既に3人連れて来たはずで数的には十分だと思いますが……」
「シエル君、報告書ちゃんと読んでるの?」
キッと眼光が鋭くなり男が俺を見つめてくる。
「目は通しておりますが……」
勇者が増えるとただでさえ役所への届出やギルドへの登録申請、転生届など事務処理が多くなるので一々スカウトした勇者がどうなってるのか転生者追跡課という部署から上がってくる近況報告書はそれほどじっくり読めないのが実情なのであった。
そんな実情をこの男は知らないはずがない、それでいてわざと問うてくるのだ。
なぜならこの男は勇者転生省事務次官。
そう、勇者転生を司る機関のトップに位置する男なのだからーー。
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