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夜道を一人で歩いていると、周囲には誰もいないのに“自分以外の足音”が聞こえる。
そんな経験はないだろうか。
一説によるとそれは自らの足音の反響音であると言われている。
夜道の静けさ、環境音の少なさ、そして孤独感が反響した自分の足音を際立たせている――と。
しかし本当に“いる”としたら?
自分以外の誰かが背後に“いる”としたら?
そしてそれが人間ではないとしたら――
そう考えると私は振り向くことができなくなる。
もしも背後に“いる”として、それを確認してしまったなら取り返しがつかなくなると思うのだ。
それは現実逃避に似ている。
しかし目を背けようと、現実は何も変わらない。
文字通り逃避なのだから。
現実は現実なのだから。
“いる”。
それは変えられない事実。
見ないでもアレはそこに“いる”のだ――
◆
「……おそくなっちゃったな」
街路樹に挟まれたひとけのない舗装道。
日が落ちてしばらく経つにも関わらず蒸し暑い空気があたりを包んでいる。
そんな夜道を青年が一人。
カッ、カッ、コツ、コツと足音を響かせつつ小走りに帰宅の途についていた。
「ったく、こんな時間まで残業バイトだなんてさぁ。あの人も人遣い荒いよなぁ……まぁ安請け合いしちゃう俺が悪いんだけど」
頼まれたら断りづらい性格を、ていよく利用されているのだろうか――
青年は溜め息とともにバイト先への愚痴をこぼす。
ちかちかとチラつく古びた電灯の下、青年は腕時計を見やる。
「時間は……零時過ぎか。さすがにこの時間だと誰もいないな。早く帰らないと」
疲れはしているがその足は止まらない。
一秒でも早く家に帰って落ち着きたい――という気持ちはもちろんあった。
しかしそれはただの言い訳。
自分を、現実をごまかすための建て前。
なにより青年の心を支配していたもの――
それは“恐怖”。
ひと気のない道は物騒だ。
男だとか大人だとか関係なく、“ひと気のない夜道”というのは根源的な恐怖を誘う。
なにがあると言うわけではない。
ただこの漠然とした恐怖から解放されたい。
それだけだった。
――こつり。
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