1話 追い女-1

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「……ぐっ!」  歯を食いしばりつつ、背後には何もいないことを祈りつつ――振り返った。 「……いない」  そこには――誰もいなかった。 「……ははっ。18にもなって何やってんだ。自分の足音にびびって怖がるなんて恥ずか」 『ねぇ』  女の声。  女の声が、した。 『ねぇ』  ――俺の、背後から、女の声がする。  背後――さっきまで前を向いていた側。  そちら側から声がする。  それも、至近距離。 『やっと』  さっきまで青年の前方には誰もいなかった。  振り向いてからも、街路樹の陰から誰かが飛び出してきたような物音もしなかった。  つまり“いた”のだ、最初から。  “彼女”は青年の背後で歩いていた。  青年の背中に、ぴったりと貼り付いて――  そこには、いた。  “彼女”が、いた。  膝下まで伸びた長い黒髪。  くすみ荒れきった布切れをまとう異様に白い肌の女性。 『やっと 気づいてくれたね』  彼女はノイズがかった声とともに、瞳のない目でニタリと笑みをこぼした。  それはとてもとてもうれしそうに。  しかしその表情が醸し出すものは、さきほどまでの夏の空気を一気に凍てつかせた。  ――青年はその場に崩れ落ちる。  尻餅をつき、あとずさる。  怯えつつ、青年は思い出していた。  ここらに伝わる“都市伝説”を――  かつてここで殺人事件が起こった。  自分の足音の反響音。  後ろから尾けてくる誰かの足音――自分の足音の反響音を“自分を追ってくる通り魔”だと勘違いした少女が錯乱し、あろうことか偶然居合わせた通りすがりの男性を殺害したという事件。  彼女は罪に問われるさなか、ほどなくして自殺。  そして死後、自らが追われると勘違いした夜道にて怨み出る霊となったと噂されるようになる。  それが“追い女(め)”――  “彼女”であると。  青年は“彼女”を目の前にして確信していた。  “彼女”がソレであると。 『おれい しなくちゃ』  “彼女”は青年ににじり寄る。  じわり、じわりと迫り寄る。 「あ……あ……」  目の前の“彼女”から、即座に離れなければ――  青年の脳内に警告音が鳴り響く。  だから青年は―― 「……なんてな」  青年は不敵な笑みをこぼした。
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