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「そ、そんなっ!? 正気か!? 人を殺すつもりか!?」
化物相手に正気を問うとは、自分こそが正気ではないのかもしれない。
能天気にもそんな風に頭の中で自己分析をしていると、巨人の色を感じさせない声が耳から反響する。
奇しくも、このような危機的状況に陥らせている黒き巨人の次の言葉が私の意識を明確にさせた。
「いえ、逆ですよ。生きているから、お客様にはこの海へ飛び出していただきます」
暫しの沈黙。思考の高速化。
見開かれた目は次々と位置を変える暗い海面しか見ていないというのに、頭の中は答えを探し出そうする。
しかし、正体不明の何かに対する危機感が私の思考力に急停止をかけた。
知ってはいけない。知っては後戻りはできない。
その忠告は両手両足を縛る触手から流れ出しているように思えて、震えた私の唇はいつの間にか相手に従う保守的な言葉を口にしていた。
「本当に、飛び込めば帰れるんだな?」
問に、黒き巨人は触手からの解放と頷きによって応える。
「ええ。迷い込んだお客様は太陽の元へ帰ることができます」
太陽。
確かに黒き巨人はそう言った。目も鼻も耳も黒に塗り潰された、犬歯だらけの口で微笑んで。
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