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「お客さん。お客さん」
海の心地良い揺れは気が付けば何処へやら。
朧げな眼が正面から捉えたのは見覚えのある格好をした駅員であり、目も鼻も耳もある困り顔で寝惚けている私の肩を揺らしてくる。
「お客さん、終点ですよ」
言われるがままに窓の外に目を向けると、確かに辿り着いた駅名は本来降りる筈の地点から遠く離れた場所を示している。
酷い頭痛と吐き気に襲われながら、何とか電車から飛び出し改札を潜り抜けた私は、ただひたすらに歩いた。
終電も逃し、辿り着いたのは田舎の駅であるためバスもタクシーも走っておらず、酒が残った頭は危険も顧みずに夜道を歩かせ続けた。
自分が何処に向かっているのかもわからないまま真夜中の世界を歩く。
不思議と不安も嫌悪感も懐かずに、ただ酒の酔だけに頭を支配されながら私は歩き、そして辿り着いた。
「……」
一瞬、言葉を失う。
何とも言えない既視感。
数分前に嗅いだあの香りが再び嗅覚を擽り、心地良い波の音が耳の奥で反響する。
あれはきっと夢だったのだろう。
そう思えば深く考えず、思考はすっきりと冴えた。
私にとってあれは夢だったからこそ、今の私にはあの列車に乗る資格が無かったのだ。
きっと、今はまだ。
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