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駅の改札は定期券で通ったし、そもそもこの列車の料金システムを理解できていないのが現状だ。
ここは、無賃乗車だと罵られようとも正直に話すべきだろう。
元の場所に戻る為にも今は状況の確認が先決だと判断した私の口は、意外にも焦ることなく、頭に思い浮かべた言葉をつらつらと紡ぎ出す。
「実は━━」
1分にも満たない説明。何しろ状況を理解できていないのだから説明できることも少ない。
胸ぐらを捕まれるぐらいの暴行は覚悟したのだが、黒き巨人は大して驚いた様子も怒る素振りも見せず、むしろ申し訳なさそうな調子で肩を落とした。
実に人間らしい動き方で。
「ああ、ああ。そうでございましたか。申し訳ございません。世迷い人を掬い上げるのは当列車の悪い癖なのです」
「人を、掬い上げる……?」
随分と詩的な表現をする。いや、これが正しい表現なのだろうか。
質問しようにも判断する材料はなく、私はただ黒き巨人の次の言葉を待つことしかできなかった。
「いやですがそれなら、ええ。御客様が此処の食事を口にしなくて良かった。ええ、良かったですとも」
心から安堵したような声色で話しながら、黒き巨人の背中から伸びる触手はせっかく用意した酒や料理を片付けていく。
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