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 少し名残惜しくはあったが、どちらにしても無賃乗車の自分が口にするわけにはいかないだろう。  そんな他人事のように目の前の出来事を俯瞰していた私に、黒き巨人は触手を蠢かせて起立を促してくる。 「ささ、手遅れになる前にお早く。運転室までご案内致します」  立ち上がるまでは質問をする暇もなく、細い廊下に出てワゴンを押して先導する黒き巨人の背中を追いながらやっと質問をすることができた。 「何故、運転室へ?」 「お客様の存在を運転手に伝えなければいけませんので……お客様を元の場所にお返しするために、一度列車を急停止する必要がごさいます」 「そんな大袈裟な」  この列車も、走行しているというからには何処か目的地があるのだろう。  そしてこの列車にはその目的地に至るために黒き巨人の言う渡り賃を払って乗車している客達がいる。  そんな人々の旅を、私個人が遅延させて許されるのだろうか。    僅かばかりの罪悪感を懐きながら視線を流すと、普段はお目にかかれない様々な光景が目に映った。  悪魔崇拝的なオブジェクトや、想像もできない色彩美で完成している絵画。  まるで奇を衒った美術館にでも来ているような気分になりながら列車の内装に目移りしていると、不意に、硝子越しの客室に座る女性と目が合った。     
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