第5章 地獄の始まりを探して

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「今、松井ちゃんの何を任されてるの?」 「今ですか? あ、社長、次の信号を左です」 「ああ、分かった」 「再来週のコレクションに出すうちの、三点ほどなんですけど、そのうちの一着が固い生地なんで、上手くいせれなくて……。それを今日中に何とかしなきゃならなかったんです」 「ふーん。なるほどねぇ。固い生地って、いせるのが難しいんだよね」 「はい。全然上手くいかなくて」 「いせるって何?」 後ろの女性が話に入って来た。 「ああ、いせるっていうのは、二枚の生地を縫い合わせるときに、表の生地より裏の生地を少し短くして、それを引っ張って縫い合わせるんだよ。分かる?」 「え? うん。なんとなく」 「そうすると伸ばされてる裏の生地は、張力で縮もうとするから、良い感じで表の生地を引っ張って、カーブを作るんだよ」 「ああ、なるほどね」 「まぁ、アタシくらいになると、野性の感で生地に触ると、どれくらい長さを変えればいいかすぐに分かっちゃうんだけどね」 さすがは社長だ。花枝は心の底から感心した。
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