ほんの少しだけ、好き

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 瀬古くんは「こんな頭身の人間いねぇだろ」と、ぶつぶつ言いながら絵を描いていた。試験で赤点を取った瀬古くんは宣言通り一週間の補習で毎日学校に来ていた。そして私はそれに付き合って、補習が終わった後に美術室で時間を共にしている。瀬古くんはデフォルメのキャラクターを描くことが苦手みたいだけど動きのある絵は既に私よりも上手かった。元々見て描くことが得意な瀬古くんは背景を描くのがとても上手で、私の苦手とするごちゃごちゃしたメカニックや高層ビル群を描いたりするのが得意だった。  「瀬古くん背景上手で羨ましいなぁ。私、近未来SFとかロボットものとか描きたい話は沢山思い浮かぶのに、瀬古くんみたいに描き込みの多い細かい絵が得意じゃないからさ。それだけで自力で描ける漫画が限られてきちゃうから」  私は読んでいた文庫本を閉じて机の上に置いた。読んでいたのは海外古典SF小説だ。名作を読むと創作欲が刺激されると同時に自分の技量のなさが恨めしくなる。いつかこんな風に面白い話を考えて、それを漫画にできたらな、と思う。  「吉岡、ちょっとタンマ、そのままあと十秒だけ止まってて」  私の話なんか少しも聞いていなかったであろう瀬古くんは、スケッチブックから目を離さずに、せわしなく鉛筆を動かしていた。よくわからないけれど、とりあえず私は瀬古くんに言われた通り十秒ほど止まってみた。  「もう動いてもいい?」と私が聞くと、瀬古くんは鉛筆を握ったままの右手でグッと親指を立てた。
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