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「そうかな?クロッキーだったら瀬古くんの方が上手だよ。いや、漫画だってもう瀬古くんの方が十分上手いと思うよ。そろそろ私がアドバイスできることなんかなくなっちゃうくらいに」
そう言って私は自嘲気味に笑った。原稿用紙の使い方もわからなかった瀬古くんも今では器用に集中線を引いている。私にはその手先の器用さが羨ましい。それはもう喉から手が出るほどに。
「俺と吉岡は画風が違うんだよ。だからどっちの方がとかねーよ。吉岡は俺にないものを持ってる。俺は吉岡の描く絵が好きだ」
瀬古くんは、なんの迷いもなくその言葉を放った。瀬古くんはいつだって真っ直ぐで、私には眩しすぎる。その真っ直ぐな瞳を直視することができずに、私は目をそらした。
「そうだ、私の絵を見せたんだから、そっちのも見せてよね」
私は瀬古くんのスケッチブックに手を伸ばしたが、その手は空を切った。瀬古くんは中身が見えないようにスケッチブックを抱きかかえ、なにやら渋い顔をしている。
「……やっぱり嫌だ。俺はまだまだだ。だから、これはまだ見せられねぇ」
「ずるい!私は見せたのに!いいからそんなの気にしないで見せてよ!」
「嫌だ」
「見せて!」
「嫌だ」
その後も押し問答を繰り返したものの、結局私は絵を見せてもらうことはできなかった。
グラウンドから聞こえるサッカー部の笛の音が、午後三時を告げていた。
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