ほんの少しだけ、好き

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 声の先には、私が一番見られたくなかったタイプの人間が立っていた。学ランのボタンは全開、ズボンは腰まで下げて履いているし、眉毛は細く整えられている。髪の毛は茶色く耳にはいくつもピアスが開いていた。彼の名前は瀬古徹也。クラスの中で私がスクールカースト底辺だとしたら、彼は間違いなく上位に入るタイプの人間だ。うちの高校は偏差値が比較的高めなので目に見えたいじめなどはないけれど、スクールカーストというものは確かに存在する。なんでもっと普通っぽい人じゃなくて不良っぽい瀬古くんに拾われてしまったんだろう。絶対オタクとかキモいって言うタイプじゃん。  「せ、瀬古くん、拾ってくれてありがとう」  往復したくないからと横着して一度で荷物を運ぼうとしたのが間違いだった、と私は激しく後悔していた。瀬古くんからノートを受け取って一刻も早くこの場を立ち去りたかった。  「アンタが描いたのかって聞いてんだけど」  そう言いながらパラパラとページをめくる瀬古くんに、私は差し出した右手の行き場を失ってしまった。というか、怖いんですけど。  「……そうです。いかにもオタクって感じでキモいでしょ?自分でもわかってるから」  私は暗いし地味だし教室の片隅でひっそりと生きているのに、こんなバチバチにピアス開けてるような人なんか怖いに決まってる。そうでなくてもお父さんと先生くらいしか男の人と話すことはないから緊張するのに。ましてやこんなもの見られたらどんな暴言を吐かれるか。  「うめーじゃん」  「え?」  「アンタ、すげー絵がうめーじゃん」  まさか瀬古くんが私の絵を褒めてくれるなんて……てっきり「きっしょ」とか吐き捨てながらノートを投げられるかと思っていたのに。困惑する私をよそに、瀬古くんは私のノートをめくり続けていた。
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