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「なんで吉岡が泣いてんだよ」
しゃくり上げている私の鼻を瀬古くんがつまんだ。瀬古くんは、もういつもの瀬古くんに戻っていた。
「ほら、いつまで泣いてんだよ。ブスになるぞ」
「残念でした。もう既に手遅れでした」
「そうだ、見たがってたやつ見せてやっから。泣き止め」
そう言うと、瀬古くんは自分のスケッチブックを差し出した。なんでよりによってこのタイミングなんだろう。きっとリアルに描かれた自分のブス加減を見て落ち込むんだろうな、そう思いながら私はページをめくった。
私はスケッチブックの中から自分が描かれたページを一枚探せばいいと思っていたし、そのページはすぐに見つけることができた。けれど、そこに描かれた私は一人ではなかった。一ページ使って丁寧に描かれたスケッチもあれば、一ページの中に三つ四つのポーズが収められたクロッキーもあった。その中の私は本を読んだり絵を描いたりしていた。そして、そのどれもが生き生きとした表情を見せていた。
「俺が見たまま描くの上手いの知ってるだろ?な?ブスじゃなかったろ?」
そう言いながら笑う瀬古くんの顔を見て、私は胸がいっぱいになった。この気持ちはきっと、恋だ。
「私、あなたといると、大嫌いな自分のことがほんの少しだけ好きになれる気がするの」
私はスケッチブックを抱きかかえながら吐き出すように言った。男子は嫌いだし付き合うとかよくわからないけれど、瀬古くんと一緒にいる時は何にも囚われることなく自分が自由でいられる気がした。
「吉岡、今ちょっと少女漫画みたいだぞ」
そう言って、瀬古くんは優しく微笑んだ。
キーン、とボールを打つ音がグラウンドに響いていた。
後に二人の名義で週刊誌の新人賞を取ることを、この時の私はまだ知らない。
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