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いつノートを返してもらえるのだろう、と私が思ったのと同じくらいに最後のページまで見終わった瀬古くんがおもむろに口を開いた。
「アンタ俺の師匠になってくれねぇか」
師匠?エスアイエスワイオーSISYO?頭の上にハテナマークを浮かべている私に瀬古くんはこう続けた。
「俺、絵がうまくなりてぇんだ。だから俺に絵の描き方教えてくれ」
それは思いもよらぬお願いだった。瀬古くんも絵を描いたりするんだ、と私はすごく意外に思ったし、掌を返して一気に瀬古くんに親近感が湧いた。
「絵の描き方っていっても、私もちゃんと人から習ったわけじゃないし……人に教えられるようなものじゃ……」
そう言いかけながら、私はあることをひらめいてしまった。
「そうだな、もし瀬古くんが美術部に入部してくれるなら教えてあげてもいいかな。入部っていっても籍を置いてくれるだけでいいんだ。幽霊部員でいいから」
私の所属する美術部は今年の新入部員が二人しかおらず、部活動から同好会への降格の危機を迎えていた。三年生の先輩は五人いるが卒業してしまうし、私の学年は私の他に一人と幽霊部員が一人しかいない。部活動体験期間が終わる5月までに三年生を除いた部員数が六人集まらなければその部は同好会へ降格になってしまう。同好会には部費が出ないのだ。
「美術部?」
瀬古くんの眉間に皺が寄り、眼光が鋭く光った。いくら頼まれたとはいえ、流石に調子に乗りすぎてしまったかもしれない。私は慌てて自分の言葉を訂正しようとした。
「籍置くだけでいいなら別に構わねぇよ」
すぐそこまで出かけた私の言葉は瀬古くんの承諾によって掻き消された。瀬古君の機嫌を損ねたわけではなかったことに私はほっと胸をなでおろした。
「それじゃ頼んだぜ、師匠」
こうして美術部への入部を条件に、利害の一致した私達は師弟の関係になったというわけである。
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